桃山学院大学 社会学部社会学科 教授 大野 哲也 先生
30分のミニ講義を聴講しよう!自転車で世界を放浪した教員が語る社会学の可能性
5年間の自転車で世界を放浪した経験と専門であるスポーツ社会学の知見から、1.他者理解の可能性、2.社会学とはなにか、3.社会学を大学で学ぶ意味と意義 の三点について考えます。
この学問は社会・人をどのように変えますか?
この学問には感動やワクワクがありますか?
この学問の最前線の取り組みを教えてください。
自転車で世界を放浪した教員が語る社会学の可能性
先生からのメッセージ
夢ナビ講義も読んでみよう勝利や努力がすべてじゃない! 目からうろこのスポーツ社会学
ボルト選手が桐生選手より速いのはなぜ?現在、多くのスポーツで黒人選手が活躍しています。例えば陸上競技を考えてみましょう。男子100mの日本記録を持つ桐生祥秀選手と世界記録を持つウサイン・ボルト選手のタイムには0.4秒も差があります。こうした事実を目にすると、私たちは「黒人選手は身体能力が高い」と考えがちです。しかしスポーツ社会学では、この差の理由を人種の違いではなく、「正統的周辺参加論」という理論を用いて説明します。親子でクセや仕草が似るように、自分が属するコミュニティから体の動かし方を継承し、それが運動パフォーマンスに影響するという考え方です。フェアプレー精神はギャンブルから生まれた近代スポーツの「フェアプレー精神」も、スポーツ社会学の研究テーマの一つです。相撲の八百長やオリンピックにおけるドーピングが議論される際に、訓示的にもち出されます。実は、この精神が生まれてきた理由の一つはギャンブルにあります。多くの近代スポーツが誕生したヨーロッパでは、スポーツは貴族が金銭を賭けて楽しむ遊びでもありました。そしてギャンブルを成立させるために、不正な行為を排除していったのです。それが精神化されて近代以降スポーツの発展と共に意味を変えつつ、世界中に普及していきました。勝利至上主義の価値観を問い直すフェアプレー精神とともに、現代社会では勝つために努力し続けることが称賛されます。しかしこの勝利至上主義は、資本主義における企業の競争原理と軌を一にして生まれたものです。スポーツの語源は、ラテン語で「一時的に離れる」という意味の“deportare”であり、後にフランス語で「楽しみ」を意味する“disport”になり、それが英語化されて「遊び」になりました。つまり本来スポーツとは、勝利至上主義ではなく、労働や責務から一時的に離れ、遊びを通して面白さや幸せを感じる行為であったのです。 スポーツ社会学では、さまざまな実例の検証や歴史的な考察を通して、スポーツが持つ豊かな可能性を提示していきます。先生からのメッセージ
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