瓶が洞窟の中へ浮かんだ――の意味は?海面に浮かんだ瓶が洞窟へ流れていく情景を想像してください。この情景を日本語話者は「瓶が浮かびながら洞窟に入っていった」と表現します。ところが、英語話者の多くは「The bottle floated into the cave.」(瓶が洞窟の中へ浮かんだ)と表現します。これは日本語話者の感覚ではおかしな表現ですが、日本語では不可能な表現が英語では可能になるのです。
日本語では移動を表す文には当然、移動を表す動詞(この場合は「入る+いく」)を使います。しかし英語では、goやmoveという移動を表す動詞は使われていません。移動を表すのはintoという前置詞だけで、動詞はfloatedという瓶の様子(様態)を表す言葉で表現されます。馬が丸太をすべすべに引きずった――の意味は?「移動」とは位置が変化することですが、今度は「状態の変化」を考えてみましょう。この場合にも、日本語と英語それぞれの「癖」のようなものが見えてきます。
例えば、「馬が丸太を引きずって、丸太がすべすべになった」という丸太の状態の変化を表現するとき、日本語では2つの文に分ける必要があります。しかし英語では「The horses dragged the logs smooth.」(馬が丸太をすべすべに引きずった」と表現できます。この場合のsmoothには、「すべすべになった」という状態の変化の意味が含まれています。英語は動詞以外の言葉でも変化を表すことができる言語なのです。言語の「癖」を知って、外国語の学習を2つの例で見てきたように、同じものや同じ情景を見ても、言語によって表現の仕方が違います。私たち日本語話者が話す英語について、「間違ってはいないけど、どこか不自然だ……」と英語話者に思われてしまうのは、こういった言葉の「組み立て方の違い」が関係しているのです。外国語を学習するときは、その言語の文法的な「癖」を知り、その癖が自らの母語とどう違うのかを知る必要があるといえます。
奈良女子大学
文学部 言語文化学科
准教授 今野 弘章 先生